18万年。人類がアフリカの大地でようやくその歩みを確かなものにし始めた、果てしない過去。それほどまでに遠い昔に太陽系外縁部を旅立った氷と塵の塊が、今、私たちの目の前に姿を現している。昨年発見されたばかりの新彗星「パンスターズ彗星(C/2021 S3)」が、観測の最盛期を迎えた。
今回の接近を逃せば、この天体を再び拝むことは叶わない。計算上、次はまた18万年後の再訪となるか、あるいは二度と戻らない軌道を描くからだ。まさに一生に一度、人類史で見れば「一文明に一度」の天体ショーが、4月22日ごろまで繰り広げられる。
観測の舞台は「日の出前の東の空」
観測の絶好機は、4月中旬から22日にかけての数日間だ。狙い目は、夜が明け始める直前のわずかな時間帯。方角は東の低空である。現在は「わし座」付近を移動しており、空が開けた場所であれば、その姿を捉えるチャンスがある。
ただし、ニュースの見出しにある「輝く」という言葉を、夜空を切り裂くような巨大な光の尾として想像すると、少し期待外れに終わるかもしれない。現在の明るさは7〜8等級前後。都市部の街明かりの中では、肉眼で判別するのは困難だ。しかし、この「控えめな光」こそが、双眼鏡や望遠鏡を覗いた際の喜びを大きくする。
レンズ越しに見えるのは、恒星のような鋭い点ではなく、周囲が淡く滲んだ、彗星特有の神秘的な姿だ。光の筋(尾)がうっすらと確認できたとき、それが18万年という時間を越えてきた実感が湧き上がる。
デジタルとアナログが交差する観測術
現代の観測は、かつてのような「運任せ」ではない。星図アプリをスマートフォンでかざせば、パンスターズ彗星の正確な位置が瞬時に特定できる。位置を特定した後は、数千円程度のコンパクトな双眼鏡で十分だ。手ぶれを抑えるために三脚に固定するか、壁に背を預けて構えるだけで、観測の精度は飛躍的に向上する。
また、最近のスマートフォンは夜景モードが進化しており、三脚で固定して数秒間の露光撮影を行えば、肉眼では見えなかった彗星の淡い光が写真の中に浮かび上がることがある。
宇宙のスケールを肌で感じる朝
この彗星が前回太陽に接近したとき、地球上にいたのは石器を手にしていたホモ・サピエンスの祖先たちだ。彼らがもしこの光を見上げていたとしたら、現代の私たちが液晶画面越しにその位置を確認している姿など想像もつかないだろう。
4月22日までのわずかな期間。少しだけ早起きをし、冷んやりとした朝の空気の中で東の空を仰ぐ。そこにあるのは、単なる天体現象ではなく、宇宙の圧倒的な時間軸との邂逅である。二度と戻らない旅人を見送る贅沢な時間を、ぜひ一度味わってほしい。